ホームルームも終わり僕は音楽室へ向かった。真姫が来る前に着いていなければ怒られると、何となくそんな気がしたので僕は足を急がせた。遅刻するなと言っていたしな。教室と音楽室は離れているが、急いでしまえば1分弱で辿り着くことができる。
そして音楽室までの最後の角を曲がり到着した。
早く着いたと思ったのだが、そこにはもう真姫の姿があった。
少し駆けて真姫に声をかけた。
「真姫、おまたせ。」
「、、、じゃあ、行くわよ。」
僕の言葉にあっさりと答えて講堂へとゆっくり歩き出した。
僕も真姫の隣に並んだ。
廊下の窓から見える空は少し怪しかったが降りはしないだろうと、何故か確信があった。グラウンドではサッカー部だろうか、体験入部の案内をしていた。
中庭では吹奏楽部がbrass bandとか書かれている看板を持ち、多くの生徒を抱えていた。
すれ違う生徒はどこの部活に行こうか、とか会話をしておりとても活気を感じられた。
彼女との会話はなかった。
講堂に近づくにつれてすれ違う人が少なくなったように感じた。
それにとても静かだ。
講堂までの最後の角を曲がろうとすると真姫が少しこちらに手をやり僕の動きを止めた。
「どうしたんだ?」
真姫は答えない。代わりに角から講堂の方を覗くようにして顔をだした。
「ヴェェ」
何かに驚いたのか、真姫の特徴的な感嘆の声が聞こえた。
僕も顔を出して見るとそこには壁に軽く寄りかかる1人の女性の姿があった。
生徒会副会長の東條希先輩だ。
東條さんのことは毎月行われる朝会や生徒会の行事で度々見かけるので名前だけは知っていた。
穏やかでありフレンドリーな印象があった。
「こんにちは、やっぱりきたんやね。、、、それに、」
東條さんは真姫から視線を僕に移した。
「こんにちは、馬場 冬と申します。」
僕はぺこりと頭を下げて簡単な自己紹介をした。
東條さんは「ご丁寧に」とつぶやきながら少し微笑んだ。
「もうライブ始まっとるよ。」
「すみません、ありがとうございます。」
僕もつられて声を小さめにして答えた。
僕は真姫と共にライブ中の講堂の後ろの入場口からこっそり入場した。
---
講堂では聞き慣れた曲が聞こえた。
自分が編曲した曲なのだからすぐにわかった。
ライブは正直な所、圧巻であったとかとても上手だったとはいえないが惹き付ける物があった。ステージ上の三人が煌めいて見えた。彼女らを照らすスポットライトを消したとしてもハッキリと伝わる色があるのだろう。彼女らはとても楽しそうに踊っていた。笑顔を絶やすことなく歌っていた。
講堂には数名の生徒がいた。2人で見にきている人達がいたり、ライブのセットリストの紙と思われる物を持った運営の方らしい人もいたし、椅子に隠れて見てる人もいた。
観客にもそれぞれの思いがあるのだろうな。
そんな形で曲が終了した。
講堂を優しく撫でるように拍手が起こった。
隣で一緒に見ていた真姫も満足そうでどこか誇らしげにステージ上の彼女らに拍手を送っていた。自分が作った曲なのだから誇らしげになるのはよくわかる。
そんな中、誰かがステージに向かっている人がいた。
一目見ただけで誰だかわかった。
生徒会長の絢瀬絵里先輩だ。
生徒会長の第一印象を魅力的に写す金髪ポニーテールはステージ以外に明かりが落ちたこの講堂の中でも、一目を置き生徒会長がいるということを知らしめた。
生徒会長は観客席の通路階段を下りステージよりも少し高い位置でとまった。
「どうするつもり」
そしてステージ上の彼女らに対して問うた。
生徒会長の表情はこちらからは見えないが、声が通っていて真剣なのが伝わった。
「続けます。」
今回のセンターでもあった高坂穂乃果が生徒会長に言葉を返した。
高坂さんは何かを決心したように見える。
表情がキリッとして決意が伝わってくるその目の先には生徒会長を捉えていた。
なぜ、と強く返して生徒会長は言葉を続けた。
「これ以上続けても意味があるとは思えないけど。」
「やりたいからです。」
高坂さんは即答した。高坂さんの声色は生徒会長に負けてはいなかった。そして、自身の思いを生徒会長に熱く宣言した。
「いつか、、、いつか私たちは必ずここを満員にしてみせます」
彼女の熱意に満ちた宣言は生徒会長だけでなく観客全員を引き込んだ。
完敗からのスタートだった。
何を勝利と見るかはそれぞれ違うと思うが殆どの人はそう思うだろう。
僕には勝ちとか負けとかは分からなかったが、ひとつ気付いたことがあった。
僕は彼女ら、μ'sが好きになったということだ。
どこか似ていたのだ。僕がやっているコンサートに。
雰囲気だろうか。観客が染められて穏やかになり笑顔になっていく所が僕のコンサートに似ていた。
僕は今いるこの空間が好きになった。心が染みていく。ぼーっとしていた新入生歓迎会と同じ場所のことにびっくりした。
こんなに空気が変わるものなんだなと感激した。
そして、僕はμ'sを尊敬した。
---
講堂から退場するとき、ステージ上のμ'sメンバー三人の視線がこちらを捉えた。
真姫はμ'sと目が合ったのか、照れてすぐさま廊下に出てしまった。
僕も真姫に続いて退場した。
退場する時に少し首を折る僕に対して、高坂さんが大きく手を振ってくれた。汗が煌めいていてとても綺麗に笑っていた。
先程、生徒会長と語っていた時とは表情がまるで違ったが、二つとも紛れなく高坂さんだった。
少し駆けて先を歩く真姫に追いついた。
「凄かったね、ライブ」
「、、、そうね」
真姫はとても満足そうだった。