コンサートが終わり患者を病棟まで見送ったあと僕は後片付けをするためまたホールに戻っていた。後片付けと言っても軽く掃除をしてピアノに鍵をかけるくらいだが。
簡単な片付けも終わり、病棟からホールへ向かうまでの道の隅に置いてあるベンチに腰をかけていた。
すると、誰かがこちらにやってくるのがわかった。
真姫だ。
真姫は大人っぽい服に身を包んでいた。ファッションに疎いのでなんと言えばいいかわからないが、かっこよくて大人っぽい印象を抱くような格好だ。
真姫は両手に缶コーヒーを携えていた。
「お疲れ様、今日もみんな楽しんでたわね。」
真姫は僕の隣に腰を下ろしながら言った。
言葉も無く缶コーヒーを渡された。
視線で説明を促すと「差し入れよ」とだけ日が暮れる空に視線をやりながら答えた。
「ああ、そうだな。みんな、楽しそうだった。」
僕はありがとうを込めて真姫に答えた。
カシュッ。缶コーヒーを開けた。
ここで沈黙が訪れる。僕は真姫との会話の時度々やってくるこの沈黙が嫌いではなかった。むしろ好きだった。心地よく感じるのだ。きっと僕と彼女はおなじ周波数の人間なのだろう。互いの存在が平坦になっている感じが僕を落ち着かせた。
そんな波のない池にぷかぷか浮かんでいると、ひとつ思い出したことがあった
「そういえば、この前編曲したやつどうだった?」
「完璧だったわ。ちゃんとイメージ像や雰囲気も捉えてくれてたし満足よ。」
「僕のクラスにいるんだよな。そのアイドル。ライブでその曲やるらしいじゃん。少し楽しみだな。」
僕が楽しそうに言うと、真姫の顔が少し曇りがかった。
「詳しいわね。」
「まぁそんぐらいしか知らないけどな。グループ名なんだっけ、、、」
「μ'sよ」
「そうそれだ。随分洒落たグループ名だよな。歌詞だってμ'sのメンバーが書いたんだろう?ありゃセンスの塊だな。」
ギリシャ神話に出てくる女神らしいがそれくらいしか知らない。ギリシャ神話いつか読んでみたいなぁと思った。
そんなことを考えていると真姫がぽつぽつと問いかけてきた。
「ねぇ、冬は行くの?、、、ライブ」
「いけたらいくね」
行かないやつの常套句だが僕は6・4の割合で行く・行かないだ。
「ナニソレイミワカンナイ。」
真姫のお得意の返答だ。
少し間を持って真姫が続けた。
「、、、じゃ、じゃあ、一緒に、行かない?」
まさか真姫から誘いがくるとは思わなかった。
少し考えて答えた。
「ああ、いいよ、」
「ライブの日っていつだっけ?」
と、忘れっぽく問うと彼女は少し呆れるように答えた。
「来週の火曜日よ。音楽室集合ね。」
「、、、なぜ音楽室なんだ?」
現地集合でいいと思うのだが。
「別にいいデショ!絶対遅刻しないで来ること!わかった?!ドタキャンしたら許さないわよ!」
真姫、少し声を張って言った。まぁ、彼女にも色々あるのだろう。それに音楽室に行くのは別に苦ではない。まあいいかと割り切った。
「ああ、分かったよ。」
すると真姫はベンチから立ち上がり横を向きカミノケクルクルしながら言った。少し頬が染まっているように見えた。夕日のせいかもしれない。
「帰るわよ。今日はママとパパが早上がりの日なの。」
僕もベンチから腰を上げ少し伸びてから真姫の隣に並んだ。既に飲み干した缶コーヒーを片手に。
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気が遠くなるような新入生歓迎会も終わり、生徒達が各教室にぞろぞろと戻っている時に不意に思い出すことがあった。この後、放課後に行われるアイドルのライブのことだ。脳の滞りを潤滑にしたのは、ざわついた廊下と隣で新入生歓迎会についてくっちゃべってる友人だった。彼らはロボット部に所属しているのだが、歓迎会にて見るに堪えないギャグをステージ上で披露した。それはもう、だだすべりであった。そして今、彼らはこう言うべきだったとか、こうするべきだったとか、今回の失敗の的を得ない反省会をしている。お笑い評論家を気取っている訳ではなく、ただつまらないやつは何もしない方がいいと思うのが僕の持論だ。そういえば彼らはこの前、ロボットの研究大会とやらに出たらしい。いや、厳密に言うと出てはいない。彼らは書類審査で失格になったらしいのだが、今回と同様、的の得ない反省会を僕の目の前でしていたので問題が何かを推測することが出来なかったのだ。今度聞いてみよう。
彼らにはギャグをしないという選択肢がなかったのだ。
そんなことを考えているうちに僕らの教室に到着した。