視界の隅から見える太陽はまだ高かった。もう時期ジリジリと季節が変わり、この時間の窓から見える夕陽の位置が高くなるにつれて気温も上がっていくのだろう。
こんなつまらないことを考えながらぼーっと廊下を歩いていた。
廊下の角を曲がる時、誰かとぶつかった。
「すみません。」
少しよろけたがすぐさま立て直し、視線を相手にやり謝った。
周囲の目を引きつける金髪ポニーテールに目を引き込まれた。
ぶつかった相手が誰なのかすぐにわかった。
「大丈夫よ。こちらこそごめんなさい。」
絢瀬絵里生徒会長だ。
生徒会長もすぐさま体勢を立て直し、僕にそう返した。
生徒会長と目があった瞬間彼女の顔が少し変わった。
何かに気づいたように見えた。
僕は校内指名手配に指定されるような人間ではないが、生徒会長の表情はまるでそのように変わった。
生徒会長の表情の変換に気づいた頃、彼女は既に歩き直しており真意を推測することはできなかった。
僕も特に気にする事はないだろうと思い下駄箱に向かった。
---
「いらっしゃい、冬くん。」
今日は真姫とセッションをする約束があった。
真姫の母さんが出迎えてくれた。
「お邪魔します。」
靴を揃えて母さんとちょっとした世間話を交えながら客間に向かった。
客間には青い大きな花柄絨毯の上にL字型の白いソファと同色のシングルソファが2つ。ソファ達に囲われるように置かれる大きな机がひとつ。L字ソファの向かいには大きなテレビが設置されており、それはもう豪華なものだった。窓の下置いてある本棚には分厚い本が綺麗に並べられており向かいの壁には池と緑で彩られる大きな絵がかけられている。テレビ棚には賞状やトロフィーのような物が並べられていた。
部屋自体がきらきらしていたので僕はこの部屋ではあまり落ち着くことが出来なかった。
「ちょっと待ってて。真姫はいま病院のほうに顔出てるところだから。」
お茶入れてくるわね、と部屋を出ていく狭間に呟いた。
僕は大きなL字ソファに座ったのだがこれがもうたまらなかった。
こしをかけた瞬間マシュマロのようにとろけて、リラックスすることをソファに強要される。
そんな強要を受け入れてしまったらマシュマロが絡まるチョコレートの様に、ソファにどろどろとろけてしまうので必死に抵抗した。
僕は姿勢よくソファに座り真姫の帰りを待った。
そんななか、聞きなれない呼び鈴のようなものがなった気がした。
というのも「ピンポーン」という音ではなくどこかとても高級感のある音だったのだ。
---
「ど、どうも。真姫の友人の馬場 冬と申します。え、えーと君は、、、」
何故、こんなことになっている。
状況を説明すると音ノ木坂の制服に身を包んだ女子がL字型ソファのもうひとつの辺に座っているのだ。彼女が胸につけているリボンの色から察するに、1年生だ。
彼女はソファに腰掛けた初めの方はきょろきょろと部屋を眺めていたが次第に落ち着き沈黙が流れた。
そんな沈黙を破るように発したのだ。
「こ、小泉花陽です、、、」
彼女は一言そう答えて口を閉じた。
またしても空気が止まる。
互いにここでなにを発すればいいのか分からないのできょろきょろし合っていた。
気まずい。小泉さんと目が合いさらに気まずくなる。
そんななか、この空気を打開するような言葉を思いついた。
「君は真姫の友達ですか。」
僕は自身をもって小泉さんの目を見ながら質問した。
「、、、いや、え、えーと、、、そんなところです。」
小泉さんの回答は曖昧だった。
女子に「彼女と友達なの?」と言う質問は答えずらい場合があるのでまずかったかもしれない。
再び
訪れた沈黙と自分のやるせない気持ちに対して、心の中でため息を吐きコーヒーを1口飲む。
するとどこかから「ただいま。」と言う声が聞こえたような気がした。
僕はほっとしてコーヒーカップから口を離した。
「誰か来てるの?」
真姫の声が部屋の外から聞こえる。
扉が開かれた部屋の入口から、真姫が現れた。
真姫が少し驚き、それに対して小泉さんが首をぺこりとして挨拶をした。
「ごめんなさい、急に。」
小泉さんがもう訳なさそうに言った。
「なんの用。てか、なんで冬がいるのよ。」
忘れてやがる。僕との約束を。
「この前セッションするって約束したじゃないか。まさか忘れてた?」
真姫はハッとした。
「べ、別に忘れてなんかないわよ」
彼女はカミノケクルクルした。その姿からは動揺が読み取れる。
まあ別にいいかと割り切り、小泉さんに視線を向けて会話を促す。
「これ、落ちてたから。西木野さんのだよね。」
小泉さんの手には生徒手帳があった。恐らく真姫のだろう。
小泉さんは申し訳なさそうにしていた。別に君が悪いことをした訳では無いのだろうに。ましてや感謝されることをしただろうに。
「な、なんで貴方が?」
「ごめんなさい」
真姫の疑問に対して小泉さんは何故か謝った。
「なんで謝るのよ」
真姫と思ったことが同じようだ。
しかし真姫も少しおっちょこちょいなところがあるんだな。生徒手帳をおとすなんて。
僕はしらーっと真姫に視線をやりながら2人の会話を聞いていた。
「あ、ありがとう。」
照れくさそうにする真姫。真姫が感謝を伝える時はだいたい目線を逸らし照れ隠しをする。かわいい。
「μ'sのポスター、みてたよね?」
何かを確認するように途切れながらも小泉さんは真姫に聞いた。
「私が?知らないわ。人違いじゃないの。」
先程照れて発した熱を維持しながら小泉さんと目を合わせず、横を向きながら真姫は答えた。
「でも、手帳もそこに落ちてたし。」
続けて確認するように小泉さんが言う。
「ち、違うの。」
真姫は視線を小泉さんに向けなおし抵抗しようと机に乗り出すことを試みた。
しかし、ごん、と膝を机にぶつけてソファごと真姫は盛大に倒れた。倒れた拍子に真姫の履いていたスリッパが飛び上がった。
僕はその時見てしまった。何がとは言わないが見えてしまった。
スっと視線を窓の方に移して空を眺めた。
薄い青だったなぁ。夕日が照らす空を眺めながらそんなことを考えた。
薄い青っていうのは昼間の空の色のことですからね。赤く染まる空を見て思い出すように昼間の空の色を思い出しただけですからね。
「だ、大丈夫?!」
小泉さんが心配する。
「へ、平気よ。」
と言いながら体勢を立て直す真姫。
「全く、変なこと言うから。」
真姫が少し声をあげて言った。
そんな真姫の姿に対して小泉さんは少し笑った。
僕は窓を眺め続けていた。
「笑わない!」
真姫が照れを隠すように声をあげた。
---
「私がスクールアイドルに?」
疑問を含む真姫の言葉に小泉さんは答える。
「私、放課後いつも音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌、聞きたくて。」
真姫は放課後にほぼ毎日音楽室に通っている。真姫に誘われるので僕も放課後は用事がない時に限り音楽室で真姫と共に過ごした。置いてある楽器がピアノひとつだけなので、日によってやることは変わった。連弾したり、どちらか1人がピアノを弾きカラオケごっこなるものをやってみたり、真姫のピアノを聞きながら眠りについたり日によって様々だった。
最近は、睡魔がありえないくらい力を増しているので音楽室にいる時間の全てを睡眠につかっていた。寝てるだけなんだから音楽室に行っても意味ないだろうと真姫に言ってはみたが「私のピアノを聞きながら寝れるなんてこと滅多にないんだからね!」とか言って聞かなかったので、滅多にすることができない睡眠とやらをありがたく受け取った。
小泉さんは寝ていた僕に気づくはずもなく真姫が1人でピアノを演奏していると思ったのだろう。
というか、音楽室って部活の活動場所に使われてないんだな。吹奏楽部とかが使っているかと思ったが。
「ずっと聞いていたいくらい好きで、だから、、、」
小泉さんは少し目をすぼべながら優しく語った。
そんな優しい小泉さんの言葉を真姫は受け止めた。
真姫は視線を小泉さんから次第に机に落として口を開いた。
「私ね、大学は医学部ってきまってるの。」
僕は真姫が将来医者になりたいということを以前聞いたことがある。その時はとても楽しそうに語っていた。お父さんのようになりたいとか、沢山の人を救うんだ、とか言っていたのを覚えている。
しかし、今の真姫はどこか寂しかった。何かを諦めてしまったように見えたし、まだ葛藤が残っているようにも見えた。
そうなんだ。と小泉さんも真姫につられたのか寂しそうに呟いた。
「だから、私の音楽はもう終わってるって訳。」
真姫はため息をしてそのように続けた。
ため息で葛藤や悩みを隠したように見えた。
真姫の視線は諦めを醸し出していたので小泉さんにも伝わっただろう。
すると真姫が話を変えるように小泉さんに問いかける。
「それよりあなた。アイドルやりたいんでしょ?」
小泉さんは少し驚いた。
「この前のライブの時夢中で見てたじゃない。」
と、真姫は補足するように言った。
「西木野さんも居たんだ。」
「いや、私はたまたま通りがかっただけだけど。」
小泉さんの言葉に咄嗟に否定するよう真姫は答えた。
「やりたいならやればいいじゃない。」
真姫は迷っている小泉さんに対して後押しをする。
「そしたら、、、少しは応援してあげるから。」
この言葉には小泉さんを激励するだけでなく少しの羨望が見られた。
僕は真姫が迷っていることに気づいた。
「ありがとう。」
しかし、真姫の言葉の真意は小泉さんには伝わるはずもなく感謝の言葉を返された。
---
小泉さんを見送り真姫の家の地下にあるスタジオに2人で向かっていた。
その途中で真姫の名前を呼んで続けてみる。
「音楽は終わらないよ。」
「、、、なにそれ。」
名前を呼ばれた真姫は視線をこっちにやったが続けて口を開くと視線を戻してしまった。
「そのまんまの意味だよ。」
僕はそうつぶやき少し笑った。
「、、、そう。」
真姫もつられて少し笑った。
やがて表情も軽くなりこれから真姫がどんな音楽をするのか楽しみになったところで思い出したように真姫は僕に聞いてきた。
「そういえば聞きたいことがあるんだけど。」
「ん、なに?」
「さっき、見た?」
見た?とは何に対して言ってるのだろうか。
わかりたくはなかったがわかってしまった。
「そういえは今日はいい天気だったね。空が青くてきもちよかったよ。、、、な、なんて、あはははは。」
ぺしっ、と軽く頬をはたかれた。
彼女は僕の前を歩き出したと思ったら赤い綺麗な髪をなびかせながら振り向いた。
「行くわよ。」
真姫の笑顔はしっかり決意しながらもこれからの期待にあふれていてとてもとてもかわいかった。
「はい。」
痛くはなかったが頬に手をやり前を向き歩き出した真姫の背中を追った。