2023/02/21

06[西木野真姫との二重奏]

今日も真姫のピアノを聴きながら惰眠を貪ろうと音楽室に向かっていた。

僕にとって音楽の女神様である真姫にピアノであやされながら眠るというのはたまらないものだ。毎日最低6時間程、睡眠時間を取れているのに最近は妙に眠い。

真姫と音楽室にいる時は全て睡眠に使っているので1時間くらい睡眠時間が追加される。


そんな怠けたことを考えながら音楽室に到着したのだが、着いたやいなや真姫は僕の手を掴んだ。

「いくわよ。」

「え、どこに。」

真姫は答えず無言を貫く。代わりに勢いよく歩き出し、僕を引き摺るように力強く手を引っ張った。

最初は一体どこへ行くのかわからなかったが階段を降ったので下駄箱にでも行くのかと思った。


次第に歩調もあってきた。

しかし、真姫の手は僕の手をがっちり握って離すことはなかった。

傍から見たらあのアニメのワンシーンみたいだ。

ほら、ただの人間には興味のない女の子が、団員を巻き込んで話が進む日常系のやつ。

帰るために下駄箱に向かっていたのだと思ったが真姫が向かってる場所自体違うことに気づいた

目的地は一体どこなのやら。

そんなことを考えながら真姫に引っ張られながらついて行く。


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どうやら中庭に向かっていたらしい。

中庭に聳え立つ大きな1本の大木。木の下には大木を囲う円形のベンチが設置されていた。

そのベンチに腰をかけている少女がいた。

小泉花陽だ。

ベンチにすわる小泉さんを見て真姫の目的地は中庭というより、小泉さんのいる所だとわかった。

すると真姫が声をかけた。

「なにしてるの?」

小泉さんは俯いた姿勢を直し真姫を見る。

僕は真姫の5歩ほど後ろに立ち、2人を見守った。

「あなた声は綺麗なんだから、あとはちゃんと大きな声を出す練習すればいいだけでしょ。」

でも、と小泉さんは何かに迷うように呟く。

すると真姫が声を響かせて発声をして見せた。

「あーあーあーあーあー。はい、やって。」

小泉さんも小さめな声で躊躇いながらも発声をする。

「あーあーあーあーあー。」

そんな小泉さんに対して真姫は運動部の監督が指導するように見えた。

「もっと大きく、はい立って。」

真姫の発声レッスンが始まった。

「あーあーあーあーあー。」

「あーあーあーあーあー。」

「一緒に。」

「「あーあーあーあーあー。」」

真姫の掛け声と共に2人の声が響き共鳴した。

それはとても綺麗だった。

小泉さん自身も驚いていた。自分がこんな声出せると思っていなかったようだ。

「ね、気持ちいいでしょ。」

「うん、楽しい。」

小泉さんはとても幸せそうに真姫に微笑みと共に言葉を返す。

小泉さんの表情から喜びが見られた。

音楽に対しての喜びだろう、と僕は勝手に解釈した。

歌を歌ったわけではないが、簡単なメロディやハミングだけでも人は感動できてしまうものだ。ギターでCコードをジャラーンと弾く時やピアノで簡単なアルペジオを演奏する時に感じるものと同じだろう。聞いてる人以上に奏でている人の方が気持ちよくなれるのが音楽だ。

真姫はそんな喜びを花陽と共に感じられるのが嬉しかったらしく少し照れた。

「はい、もう1回。」

真姫のレッスンがもうワンセット始まろうとしたところで後ろから声がした。

「かーよちーん。」

声の主であろう少女は真姫と僕の存在に気がつく。

「あれ、西木野さん?と、、、」

きょろっと真姫に視線を向けた後にこちらへ向ける。

「真姫に連れてこられました。馬場 冬と申します。」

僕は少女の視線にそう答えた。

すると少女は交互に僕と真姫を見た。

猫みたいな子だなと思った。

「どうしてここに?」

「励まして貰ってたんだ。」

「私は別に、、、」

真姫は少女と小泉さんの会話を聞いて恥ずかしそうにした。

すると少女は真姫とのレッスンを遮るように小泉さんの手を取った。

「今日こそ先輩のところに行ってアイドルになりますって言わなきゃ。」

「そんな急かさない方がいいわ。もう少し自信をつけてからでも、、、」

「なんで西木野さんが凛とかよちんの話に入ってくるの?!」

少し怒ったように少女は言う。

それに対して真姫も眉をひそめるのがわかった。

「別に歌うならそっちの方がいいって言っただけ!」

「かよちんはいっつも迷ってばっかりだから、パッと決めてあげた方がいいの!」

「そう?昨日話した感じじゃそうは思えなかったけど。」

少女は少し驚いた。

多分、真姫の落とした生徒手帳を家に届けた時に一緒に話したことを知らないのだろう。

「あの、、、え、えーと。」

小泉さんが2人を落ち着かせようとするが言葉が出ないらしい。

僕も後ろで話を聞いていたがどのように落ち着かせればいいか分からなかったので口を開くことはなかった。

情けないとか言わないでね。

真姫と少女が目を合わせた。

まるで猫の喧嘩みたいだなぁ、とか思ってしまうあたり僕はどうしようもないらしい。

「かよちん行こ。先輩達帰っちゃうよ。」

小泉さんにはまだ躊躇いがあるように見える。

そんな小泉さんの空いた手を真姫が掴んだ。

「待って。どうしてもって言うなら私が連れていくわ!音楽に関しては私の方がアドバイスできるし、」 

「μ'sの曲は私達が作ったんだから!」

真姫は力強く言い切った。

「え?!そうなの?」

小泉さんが僕と真姫を交互に見た。

「いや、、、えーと、、、 とにかく行くわよ。」

真姫は誤魔化すように小泉さんの手を引っ張った。

μ'sの曲を作ったことがバレてしまったらしい。

バラしたと言う方があっているが。

真姫がμ'sの曲を作ったことを隠す気持ちは少しわかるような気がする。

まぁ、多分僕とは隠している理由は違うと思うが。

「待って!連れてくなら凛が!」

「私が!」

「凛が!」

「私が!」

互いに譲らない。

小泉さんは少し涙ぐんでいた。


「タ゛レ゛カ゛タ゛ス゛ケ゛テ゛ェ~!!」


うん、とてもよく響く声だと思うよ。


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誰か助けてとは言っていたが僕は小泉を助けることはなく3人の背中を10歩後ろほどから追っていた。

僕がここで首を突っ込んでも話がごちゃごちゃするだけだし、小泉さんがアイドルをやってみたいが自信がなかったり躊躇いがあったりすることが昨日今日の会話から聞き取れたので僕が助けに応じることはなかった。

μ'sが練習している屋上の扉まで到着したのだが、僕が入る前にバタンと勢いよく閉められてしまった。

僕がその場にいる必要もないと思い踊り場の壁に寄りかかり盗み聞きをした。

と言っても風の音やその他環境音で遮られてしまいほとんど聞くことができなかった。


雲に遮られた夕日が空に顔をだしたのか、突然眩しくなったので右手で日光を遮り、後ろに振り返った。

振り返った先には小さな隙間が空いていてほんの少しだけ屋上での会話を盗み見る事ができた。

そこには、少女と真姫が小泉さんの背中を押す姿があった。


そんな彼女らを見て少しほっとした。

満足してしまい僕は屋上を後にした。

階段を降りる時、小泉さんの声が少し聞こえたような気がした。


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「おはよう!」

次の日の朝にて目が覚めずぼーっと廊下を歩いていたら幻聴が聞こえた。

僕の友達には朝に元気なやつはいないのでそう思った。それか後ろの人に挨拶してました、とかだろう。

、、、そう思ったのだが違うらしい。僕の周りには明らかに誰もいないのだ。僕は遅れて声が聞こえた方を向いた。

そこには、太陽があった。

あったというか居た、元気に笑顔を振りまく太陽のような存在が。

高坂穂乃果だ。

高坂さんを目に入れた瞬間、朝目が冷めきってない状態で窓を開けて日光を浴びる時の特有の感覚に襲われたがそれよりも無視してしまったのではないかという焦りが感覚を目覚めさせた。

「おはようございます。」

僕はぺこりと腰から曲げた。

高坂さんからは引き続きにこにこ元気なオーラが溢れ出ていた。

すると、ぐいっと体を寄せてきて上目遣いで聞いてきた。

「ねえねえ、馬場君も私たちの曲作ってくれてるって本当?」

犬みたいだ。かわいい。

「はい、ソウデスネ」

少しテンパってしまったが高坂さんはにこにこしている。

てか僕はこんな簡単な会話もできないのか、とすこし自己嫌悪に陥ったが高坂さんを目の前にしているのでそんなものは簡単に消し飛んだ。

何故高坂さんは僕が曲の作成に携わっていることを知っているのか気になったが多分真姫が言ってしまったのだろう。

まぁ、編曲してることを隠すとはいっても覆い隠してる訳ではなく、こっそりと存在しているので問題は一切ない。

「作ってくれてありがとうね!これからも真姫ちゃんとお願いしていいかな?」

高坂さんの言葉で真姫が入部したのだと僕はすぐにわかった。

「そちらがよろしければ引き受けます。」

「あはは、馬場君べつにそんなに丁寧にしなくてもいいんだよ!」

僕は同い年であろうが年上であろうが先輩であろうが基本は敬語を使う。

仲の良い友人や打ち解けた人物には普通に話すのだ。

だから、高坂さんにそう言われたのが嬉しかった。

「そ、そうか。」

慣れないものだ。

「うん!これからもよろしくね!」

高坂さんはまたしても元気を降り注いだ。

これじゃ僕の体内季節が春春春春になってしまう。

そんなことを考えながら高坂さんの隣に立ち朝のホームルームが行われる教室へと向かう。

30m程しかないが貴重な体験なのでしっかり心に刻もうと思いながらもどこか安心したのかあくびが出そうになった。

目をすぼめながらかみころした。

そんな僕を見て高坂さんは眩しく笑顔をまたこちらに向けた。


「馬場君、ファイトだよ!」


入部編[完]